自動車産業のEV化


SDGsの影響と欧州の排出規制

 近年、世界の国や地域が持続可能な開発を目指すSDGsを精力的に取り組んでいることは周知のことでしょう。自動車産業にもその責任が問われており、従来の自動車文化を脱却する転換期を訪れようとしています。特に目標13「気候変動に具体的な対策を」はこの業界に直結する指針であり、CO2排出の少ない燃料資源が模索されています。


 こうした背景を受け、各国、各地域では具体的に規制に乗り出す動きが相次いでおり、その中でも欧州連合は強い指揮を執っています。欧州では、乗用車からのCO2排出について2021年の目標値を平均95g/kmとする規制がすでに実施されており、超過時は罰金を支払うことになっています。さらに今年7月には、新車のCO2排出量を2021年比で2030年までに55%削減、2035年までに100%削減という今後の目標が設定されました。


ガソリンに置き換わるエネルギー源の期待

 化石燃料(ガソリンなど)の代わりとなる自動車用燃料資源には、多くの候補が挙げられ、天然ガスや水素、バイオ燃料などはCO2排出の抑制が期待されています。このような多様な自然エネルギーを源として化石燃料からの脱却がうたわれていますが、現在、その中で最も大きな潮流になっている資源が「電気」です。


 今や電気自動車の走行性能は、ガソリン車に比べても遜色なく、むしろ静粛性、燃費効率を考えると利点が多いともされています。しかし恩恵はそれだけにとどまりません。後述する自動運転化との親和性は、昨今の電気自動車の普及を垣間見るに、無視できないメリットだと考えられます。


  また、代替資源の一つとして、水素燃料も実用が進められています。特にトヨタは水素燃料に注力していることで知られており、2014年から水素燃料電池車「ミライ」を発売するなど精力的に取り組んでいます。また、米国ではエネルギー省が今年6月に再生可能エネルギーや原子力発電などで生産した水素の価格を10年間で80%引き下げる目標を示すなど、追い風が吹きつつもあります。水素燃料車が電気自動車に追いつけるか、次世代の自動車用燃料資源を担えるかに関しても、今後注目が必要でしょう。

自動車産業を変革する要因

 さて、自動車産業の転換の一つに気候変動を背景とした燃料資源の見直しについて着目しました。しかし現在が自動車産業の大変革期と称されるいわれは燃料資源の転換だけではありません。そこでこの節では、改めて要因について客観的に見てみます。自動車産業では、以下に大別される立役者たちによって多面的に技術革新が進んでいるのです。


  • 電気自動車(EV)

従来の化石燃料ではなく、電気を燃料資源とする技術。EVやEV用バッテリー、充電インフラが挙げられる。


  • 自動運転

走行を自動化する変革技術。自動運転車の設計、自動運転の総合システムや自動運転車の訓練・誘導を支援する部品(認識ソフトウエア、センサー機器、高精細マップ作製、シミュレーションなど)など。


  • 通信技術

コネクテッドカー技術など、従来のGPS等衛星測位システムを超えた通信を可能にする技術。

車に通信機能を持たせるソフトウェアやハードウェア、コネクティビティー関連のアプリケーション(テレマティクスやメディア、路車間通信(V2I)・車車間通信(V2V)など)の開発が焦点であり、自動運転精度にもつながる。

  • 自動車販売

乗用車のレンタルや販売、取引などの仕組みを変革する技術。

自動車金融会社や中古車オークションサービス、中古車の個人間売買のネット広告(クラシファイド)企業、ディーラー向けソフトウエアプラットフォーム(基盤)が取り組んでいる。


  • MaaS(モビリティー・アズ・ア・サービス)、シェアリング

人の移動手段を合理化するサービス。

乗用車やマイクロ(小型)モビリティーのオンデマンドサービスや、公共交通機関を含む複数の交通手段を一つのサービスにまとめるなど。


 特に通信技術(Connected)、自動運転(Autonomous)、カーシェアリング(Shared)、電気自動車(Electric Vehicle)の4つは、その頭文字をとったC.A.S.Eという言葉でディーター・ツェッチェによって発表され、次世代自動車産業の市場の形として認知されています。これからの自動車産業の動向をキャッチアップするためには、まずはこの枠組みに沿って体系的に捉えるとよいでしょう。


 次は自動運転に的を絞り、それを支えるハード・ソフト両面の技術に関して見ていきます。

機械学習の進展が加速させる自動運転

 自動運転に応用されている機械学習の手法は、もっぱらディープニューラルネットワークだと思われます。これは人工知能(AI)分野を発展させた立役者・中心的な技術です。具体的に自動運転の実用に焦点を当てると、実世界の認識を学習させたモデルによって画像などの入力データを解析し、セマンティック セグメンテーション、物体検出、単眼深度推定など多様なタスクを行うことができます。

マルチモーダルな機械学習の活用

 機械学習のタスクは、物体検出やその分類、移動予測など多岐にわたり、必要なデータも相応に多種多様です。従来のいわゆるAI技術は対象のデータやタスクに特化したものであり、高い精度を出すために適切な構造を構築する必要がありました。


 しかし近年は、マルチモーダルという複合的なデータに適応できる能力を持つ、大規模データで学習したモデルが、精度・柔軟性を両立できるとして機械学習界隈を席巻しています。近年の莫大なビッグデータとそれを処理する計算資源の進化がこれを可能にしました。ビッグデータが表す「世界そのもの」をモデル内で学習し、あらゆるタスクを実行できるモデルに適応させることで実現されているのです。


 自動運転を実現する機械学習においてもその活用が謳われており、驚異的な速度で研究が行われています。複合的なハードウェアによる処理をソフトウェアレベルで貫徹できるため、コスト削減や自社システムへの統一などの恩恵があり、経営的な観点でも脚光を浴びる日は近いでしょう。


機械学習を支えるセンサー技術

 自動運転を司る機械学習のソフトウェアには、データが欠かせません。この外的情報を収集する役割を果たすのがセンサーであり、そのセンサー技術もソフトウェアの面で非常に重要です。


 自動運転車に搭載されている主要なセンサーはカメラ、レーダー、LiDAR(ライダー)の3つです。


  • 信頼性の高いカメラ

 自動運転車には、周囲の状況を完璧に把握するために、あらゆる角度に多数のカメラが設置されている。約120度の広い視野角を持つカメラもあれば、遠方を見るために視野を狭くしたカメラ、駐車場での使用を想定した魚眼カメラなど、その種類は多岐にわたる。


  • レーダー探知機

 ミリ波レーダーなどのレーダー探知機は、電波を発信して対象物の位置を特定し、その速度や位置を捕捉する。これは夜間など視界が悪いときにカメラのセンサーの働きを補う役目を果たす。


  • LiDAR

 LiDARは、レーザー光のパルスを照射し、反射から距離を計算することで、車が見ている物理的な世界をデジタルで表現した3D点群を生成する。これは、自動運転車の開発において最も重要な技術の1つとして研究・活用が進んでいる。


 他にも超音波センサや加速度センサ、GPS技術など、高度な情報処理・意思決定を多様なセンサーが支えており、また、それによって収集したデータは走行面だけでなく、例えば機器の不具合の検知などにも活用されています。


オンライン接続を可能にする通信技術

 通信技術はコネクテッドカーの実現などに大きな貢献をもたらしていますが、自動運転精度の面でも欠かせないものとなっています。ここではその新しい技術に関して少し紹介します。


 従来のGPSを用いた測位の精度には、自律走行の用途において問題がありました。5メートル以内の精度でも走行には十分でなく、また、付近の構造物の影響を受けて精度悪化が懸念されるためです。そこで、通信技術においても以下のような技術開発が進み、その解決が図られています。


 テスラの開発した「車両ポジショニング」の技術は、カメラのデータとビジョンマップをマッチングさせることにより、車両の正確な位置検出ができるものです。


 また、GPS信号が遮断されるような環境下において、オックスボティカによるカメラ、レーダー、レーザーを組み合わせた代替手段や、大成建設によるレーザーセンサーを使って周囲の3Dマップを生成する技術、なども開発されています。

自動運転を推進する破壊者達

 以上の電気自動車への転換・自動運転技術の開発によって構造変化が必至の自動車産業に対して、現在新規参入が急増しています。以下ではリーディングカンパニーであるテスラと、ウェイモに焦点を当ててその強みについて説明します。

Tesla

 今後の自動車産業を語るうえで、テスラの存在は欠かせません。それほどまでに完全な自動運転・レベル5の達成に最も有力視されている企業であり、日本企業にとって最大の競合です。


 テスラは2003年、マーティン・エバーハードとマーク・ターペニングの2人によって創業された自動車メーカーです。2004年には投資家イーロン・マスクによる出資を受け、イーロン・マスクは会長に就任、2008年にはCEOを兼任することになります。

「テクノロジー企業の側面を持つ自動車製造企業」をテーマに掲げており、さらに2006年、最初の製品である Tesla Roadster のコンセプト発表時に、イーロン・マスクは「炭化水素経済から太陽電池経済への移行を促進する」ためにテスラは存在すると言及し、そのために電気自動車を製造しているといいます。


他社の追随を許さない走行性能

 テスラの強みは既に電気自動車の量産体制を整え、現在は世界最大の電気自動車メーカーとなっていること、そして自動運転の実現を思わせる高い技術力を有していることです。

実際に一回の充電による航続距離のランキングでは、1位から8位をテスラ社が独占しており、電気自動車を手にするうえで既に最大の選択肢となっています。


唯一無二のセンサー体系

 また、テスラの自動運転車は、車両全体に取り付けられた8台のカメラをネットワーク化したHydranetと呼ばれるカメラシステムによる画像だけの情報により自動運転の技術を構築している点が他社にない特徴です。この理由にテスラは「完全な自律性に必要なのは、最終的に画像のみである」と記しています。人間のように目で見て脳で考えるだけの仕組みで人間同様の状況判断を可能にする方針のようです。


 カメラシステムだけにセンサーを制限しつつも高い走行性能を担保するために、テスラはその処理にマルチモーダルな機械学習技術などのソフトウェアを活用していると考えられます。このアプローチは、ハードウェアを厳選できるためコストの削減につながる点で非常に興味深いものです。ほかにも、センサー機器のフュージョンを簡素化でき、データ・システムの複雑性を回避できること、外部要素(3次元画像や他車両からの通信)を必要としない自己完結型の自動運転システム構築につながるなどの利点も挙げられます。

Luxury Brandとしての地位も獲得

 Teslaの自動運転車は性能面もさることながら、デザインで非常に評価されていることはすでにご存じのことでしょう。


 例えば、前述した重要なセンサー技術であるLiDARをTeslaの自動車は搭載していないことが知られています。その理由の一つは、LiDARは車体の上にかさばってしまう点で美観を損ねるためであり、徹底したデザインへの追求が垣間見えます。

(なおLiDARの搭載に関しては、Teslaが視野に入れているとの記事も散見されるため、今後の動向は一概には言えないという点はご留意ください。)


 特にエコロジーへの関心が高く、ラグジュアリーアイテムに対する感度が高いであろう若手富裕層や経営者にとって、環境意識に刺さる電気自動車とテスラの誇る高いデザイン性は、今や支持するに値する新時代の魅力ある自動車として確固たる位置を獲得しています。

Waymo

 ウェイモはGoogle傘下の自動運転技術開発会社であり、自動運転車の展開を先駆けて行っている企業の一つです。特に近年は自動運転において強い存在感を放っており、日本でもウェイモのニュースを耳にする機会も増えてきました。


 ウェイモはその事業を2009年、Googleの自動運転技術の開発プロジェクトとして開始しました。2016年に分離独立し、2018年にはアリゾナ州フェニックス都市圏で世界初の自動運転によるライドシェア(配車)サービス「ウェイモ ワン」を開始しました。20年10月にはそのウェイモ ワンのサービスを拡大し、21年2月にサンフランシスコで自動運転車の試験走行に乗り出しました。21年8月には自動運転システムを搭載するロボタクシーの実証実験を開始し、その実現が期待されています。


ウェイモの掲げる戦略

 ウェイモは自社ブログで4つの戦略として以下を挙げています。


  • 先駆的なセンサー

 より高度な運転を可能にするのは質の高いデータであり、ウェイモのLiDARはその点非常に強力なセンサーです。以下のように、LiDAR点群のみを可視化しても、緻密な3Dビューを生成できていることがわかります。

 ウェイモは天候や光量に左右されないLiDARを中心に、各センサーの出力を融合させて機械学習モデルにリアルタイム推論させているため、緊急時も含めた常時人間に近い走行を可能にしています。


  • 機械学習を基盤としたソフトウェアと堅牢なトレーニング・評価

 ウェイモは、都市部での複雑な運転に対応する業界最先端の機械学習モデルを構築しているといいます。これは走行を自動化するだけでなく、人間が運転するうえでの細かいニュアンスの学習もできるほどの技術です。例えば、急な坂道を登るときはややゆっくりに運転することで坂の多いサンフランシスコを快適に走行したり、交差点ごとに異なるステージングポジションを理解することで人間らしいカーブ走行ができたりなどが挙げられます。

 こうした技術には、適切に精査された大量のデータと、大規模なトレーニングおよび評価用のクラウドコンピューティングインフラが必要であり、ウェイモはその点に多額の投資をしてきました。


  • 実験を通して培った幾多の経験

 ウェイモは、展開しているウェイモワンのサービスにて何万件もの運転を提供したことで、貴重なフィールドデータを数多く有しています。サービスは一都市に限られるものの、その経験は各都市やシステムの構築、評価、配備、運用の基本は引き継がれるため、今後の展開はより効率的に拡大できます。


  • 完全自動化への焦点

 ウェイモは、課題のなかで最も難しい、人間のドライバーに頼ることのない完全自律型に焦点を当ててシステムの構築を進めています。そのため、到達に何が必要かを正確に把握し、適切なロードマップを設計できていると主張しています。


強みである技術・資金力

 同社はソフトウェアの開発やLiDARなどセンサーの製造・販売をするほどの親和的な技術力を持つため、外部への依存度が低いことが効率的で統合性が高い自動運転技術を開発できると強調しています。さらに、Googleの持つクラウドコンピューティング技術と地図製作能力を活用できること、Google親会社Alphabetの持つ豊富な資金力、さらにその他Alphabet子会社の技術も活用できることを大きな強みとしています。特に、Googleのオープンソースのソフトウエア基盤「テンサーフロー」のAI向け半導体(TPU)を使って訓練できる点も、機械学習に焦点を当てたソフトウェアの面では高いアドバンテージを誇っています。


 LiDARを利用した自律運転には、周囲を正確に描写した3D HDマップが必要不可欠です。この高精細地図が整備された都市(ジオフェンス内)においては非常に高い精度の自律走行を実現できますが、逆に整備されていない都市(ジオフェンス外)では実現が難しいという課題を抱えています。ウェイモ ワンの配車サービスはその点、都市を限定しており有効な手段ではありますが、今後どのように汎化させるかに注目が必要です。また、その地図は各社で仕様などが異なっており、その共通化も待たれるところです。

考察と対策

プロダクトマネジメントにおけるソフトウェア比重の増加

 これまで、自動車産業に起こる変革とそれをもたらす次世代的な技術、その変革のリーディングカンパニーについて見てきました。この事例は、社会から求められる価値提供のプロセス自体も変わりつつあることを示唆しています。


 テスラは自動車の車体の販売と同様に、フル セルフドライビング(FSD)コンピュータと呼ばれる、将来的な自律走行を可能とするソフトウェアオプションも販売し、購入後の無料アップデートによる価値提供を保証しています。このソフトウェアコンテンツによる売上高は業界を大きくリードしており、関連収益は2021年には25億ドル(2700億円超)にものぼると試算されています。また、マッキンゼーによると、自動車の総部品点数に占めるソフトウェアの割合は2030年までに10%から30%に増加すると予想されており、業界全体におけるの規模の拡大が伺えます。


 このように、テスラはハードウェアに加えてソフトウェアも重視しており、今後の自動車産業での競争はハード・ソフト両面での総力勝負になりそうです。この変革とテスラの姿勢はコンピュータ業界とアップルの成長を想起させるほどです。


日本企業に求められる人材のアップデート

 社会の求める価値提供は「単発的なサービス・製品による価値提供」から「システムとしての体験による価値提供」へシフトしつつあり、これは決してこれまで論考してきた自動車産業にとどまりません。これに伴い業界の枠を超えたり業界そのものを変革させたりしうる製品・ビジネスモデルも次々と頭角を現しつつあります。


 日本企業には、このような時代の競争に生き抜くために、業界の区別にとらわれない横断的な知識や、ソフト・デザインといった複合的なスキルをもつ人材が求められています。そして我々自身も認識とスキル定義を改める必要があるのです。


 アーテリジェンスでは、これらソフト・デザインなどの次世代に求められるスキルセットに関する具体的なコンサルティング業務や、研修業務を行っています。

具体的な内容に関心のある方はぜひお問い合わせください。

参考文献

自動車産業のEV化

SDGsの影響と欧州の排出規制

ガソリンに置き換わるエネルギー源の期待

自動車産業を変革する要因

機械学習の進展が加速させる自動運転

オンライン接続を可能にする通信技術

自動運転を推進する破壊者達

Tesla

Waymo

考察と対策

プロダクトマネジメントにおけるソフトウェア比重の増加