前書き 

ウォルマートという伝統的企業のDX

 昨今、デジタルトランスフォーメーション(以下DX)の推進が声高に叫ばれている。具体的には、既存のレガシーシステムから脱却し、新たなテクノロジーを導入し業務や顧客体験を変革させることを指すが、広く認知されている具体事例は多いとはいえない。

 そこで、デジタル化の進む現代において独自の地位を確立した「ウォルマート(Walmart)」のDX事例を紹介していく。1960年代に設立したウォルマートは、戦後立ち上がった数多くの日本企業からしても親しみの持てる会社の一つではないだろうか。にも関わらず、「アマゾン(Amazon)」という世界最大のチャレンジャーに直面しながらも善戦していることは、GAF(M)Aの圧倒的な力にも抵抗し得るのではないかという希望を与えてくれる。

 ウォルマートは、DXにある程度は成功した企業であると世界から認識されている。例えば、Statista の調査によれば、アメリカのEC市場におけるウォルマートのシェアは、2016年の段階では、4位でわずか2.8%まで低下していたが、2021年には7.1%の2位に浮上し善戦中だ。

アメリカのEC業界のシェア Top10(2021年時点)[1]

 2016年より一貫してアマゾンが1位ではあるものの、ウォルマートがアマゾンを覗く他勢力を抑え、ポストアマゾンの最有力ECプレイヤーに変貌してきた。小売業である同社は、GAFAと異なり非デジタルネイティブな会社でありながらも、新たなテクノロジーの導入を通じて業務や顧客体験を変革してきた。そして、デジタル化の進む現代において独自の地位を確立した。

 同社のDXを通じた活動は、非デジタルネイティブの多い日本の多くの企業にとっても参考となる筈である。

ウォルマートとは?

ウォルマートのルーツ、創業者サム・ウォルトン

 ウォルマートは1962年、創業者サム・ウォルトン(Sam Walton)により、アメリカ合衆国のアーカンソン州ロジャーズに設立された。

サム・ウォルトン氏 [2]

 彼は元々バラエティーストア(雑貨店)を経営していたものの、1960年代にアメリカ国内で大型のディスカントストアが登場し、バラエティーストアの将来が危ぶまれ、経営は順風満帆とは言えなかった。そこでウォルトンは、「バラエティーストアに固執してディスカウントストアに駆逐されるぐらいなら、自ら同じ業態に打って出る」と考え、小さな田舎町であったアーカンザス州ロジャーズにウォルマート第1号店を設立した。

ウォルマート第1号店 [3]
当時と建物の位置は変わっておらず、現在は博物館となっている。

 このようなサム・ウォルトンの積極的にリスクを取りにいく姿勢が、ウォルマートのDNAに刻まれていった。

※参考資料:1


ウォルマートの「価格戦略」

 初期のサム・ウォルトンの地方出店戦略は奏功し、ウォルマートは順調な成長を続ける。1967年までにアーカンザス州内に24店舗 [1]へと拡大し、その後南部から全国へと規模を拡大した。この時期の成功の要因には、あまり競争相手のいない市場に出店したこと、徹底して価格の安さにこだわったことが挙げられる。

 また、一見先進的なイメージはないウォルマートだが、イノベーションを取り入れることには元々積極的だった。ウォルトンは、当時としては先進的だった中央の在庫管理コンピュータにつながるバーコードシステムをキャッシュレジスターに取り入れ、1987年には全米最大の独自の衛星通信システムを完成させた。1990年にウォルマートはアメリカ最大の小売店へと成長するが、その際「コンピュータの力がなければ、天下のサム・ウォルトンもあれだけの業績は上げられなかった」(『アメリカン・ドリームの軌跡』p353 [2])している。

 ①市場変化に対応して積極的にリスクを取る姿勢と、②テクノロジー投資を行い差別化を図る考えが、ウォルマートの勢力拡大に大きく寄与していたと考えられる。

アマゾンの猛烈な追い上げと危機意識

 90年代後半からECサイトの活用で小売業界で台頭してきたアマゾンの躍進は目覚ましかった。以下の図はアマゾンとウォルマートの売上高と前年比増加率をまとめたものである。

ウォルマートとアマゾンの売上推移 [4]

 Slice Intelligence社の分析 [3]によると、アマゾンは2015年から2016年にかけて市場シェアを33%から43%へと伸ばしている。また同社は、2008年の売上約2兆円から、2018年には約25兆円へと10倍以上の成長を実現していることがわかる。

 それに対し、ウォルマートは2008年に約40兆円から2018年は約50兆円と、2割程度しか増加していない。結果的に10年で自社の売上の半分近くまで追い上げたアマゾンの成長速度は、ウォルマートにはさぞかし脅威に映っただろう。

 2010年代に入り危機感を強めたウォルマートは、2014年に新CEOに歴代最年少のダグ・マクロミン(Doug McMillon)を就任させる [4]。

ダグ・マクロミン氏 [5]

 彼は17歳の頃にウォルマートの物流センターで働き、トゥルサ大学のビジネススクールに通った後ウォルマートに入社する。
 入社以来の幅広い経歴とリーダーシップ・人望に加え、Webやモバイルに関わるテクノロジーを中心とした投資に前向きだったことが選任の理由とされている。

 マクロミンCEOは、既に実行してきたテクノロジー強化の方向性を更に強化する形で、2015年ごろから長期投資プランを発表し、①従業員の賃金向上と研修の強化、②EC分野へのテクノロジー投資を通じた「シームレスな購買体験の実現」を優先事項とし、短期的な収益の最大化は必ずしも目標とせず、長期的な競争力の向上が優先事項であるとした。
 2018年には約12億ドル(約1300億円)をテクノロジー投資に振り分けた。これはアルファベットとアマゾンの匹敵する当時として国内第3位のIT投資額である。

 この時に短期的な売上指標ではなく長期的な投資プランを策定したことが、その後のウォルマートの価値向上に大きく寄与することとなる。

類似業種の多角的M&A

 EC分野においてアマゾンに遅れをとっていたウォルマートが息を吹き返すことができた大きな要因には、度重なるM&Aを重ね、幾度かの組織体制の改変を行ってきたことが挙げられる。

 また、M&Aの過程でEC運営責任者の交代が行われ、ウォルマートのM&Aに対する姿勢にも変化が生じた。このことも、その後の多岐に渡るDX事業の推進に大きな影響を与えたと考えられる。

※参考資料:2

コスミック社の買収とウォルマート・ラボの発足

 2011年、ウォルマートは検索エンジンとデータ分析のコスミック(Kosmix)社を買収し、2年後の2013年には「ウォルマート・ラボ(Walmart Lab)」が発足された。ラボでは買収で獲得したデータ分析を主軸として次世代の小売業の開発が行われ、スタートアップの買収と事業支援も兼ねていた。

 2013年当時のウォルマートのアメリカのEC市場におけるシェアは4位であり、1位のアマゾンに大きく突き放されていた。ウォルマート・ラボ における買収活動を通じて、ウォルマートはEC事業を拡大していく。

打倒アマゾンのジェット・コム社

 2016年には、ジェット・コム(Jet.com)社を約33億ドル(約3,500億円)で買収した。ジェット・コム は、マーク・ロア(Marc Lore)という業界では有名な事業家が2014年に創業したEC会社である。

マーク・ロア氏 [6]

 ロアは ジェット・コム の前におむつのネット販売を成功させていたが、2010年にその事業をアマゾンに売却している。その際、売りたくないロアに対しアマゾン創業者兼CEOのジェフ・べゾフが買収攻勢をかけ、投資家にロアが説得され嫌々売ったと一部で言われている。

 その後、対アマゾンを旗印として創業したのが ジェット・コムである。

ジェット・コム社の買収とEC運営責任者の交代

 この買収は従来のウォルマートの買収とは違っていた。従来は、買収会社を買い手側会社の文化・規則に適合させる吸収型買収を採っていたが、ジェット・コム に対しては従来通りの運営させた。この方針はその後の買収にも適用されることとなる。
 そして、ウォルマート・コム(Walmart.com) の運営をロアに委任した。

 ウォルマートの狙いはジェット・コムの顧客価値をウォルマート・コムに移転させること、技術系人材を確保すること、ジェット・コムのリアルタイム価格選定アルゴリズムの確保だったと言われている。ジェット・コムの買収はウォルマートのEC事業拡大だけではなく、会社に必要なスキルや能力をもつ人材を獲得する目的もあった。

 このような人材獲得目的のM&Aは「アク・ハイヤー」と呼ばれ、戦略の転換に伴う人的資源の強みを転換する手法である。

マーク・ロアによるM&Aの加速

 ロアはデジタルブランドの買収を積極的に行っていく。買収した企業はいずれもウォルマートの手付かずの分野であり、EC展開を行っている、かつ特定の顧客層に需要があるという特徴をもっていた。

 2016年には家具ブランドのハイニードル(Hayneedle)社、2017年には男性向けアパレルDtoCの騎手と目されたボノボス(Bonobos)社、2017年にはアウトドアブランドのムースジョウ(Moosejaw)社、そして2018年にはアート・装飾ブランドのアート・コム(Art.com)社、下着ブランドのベアネシティ(Bare Necessities)社等 [5]をウォルマートの傘下に加えた。
 現在では27の企業買収を行っている。

 ウォルマートのM&Aには功罪双方ありそうだが、現在のウォルマートの地位を築いた背景には積極的なM&Aがあるといえる。


ウォルマートのDXの成功要因

 ウォルマートが非デジタルネイティブな企業でありながらDXに成功した背景には、M&Aを通じて人材を確保し、多様な会社・人材の強みを活かし続けたことが考えられる。従来の同社は買収先に対して自社の文化や規則を押し付けていたが、買収企業の運営手法の維持を認める体制をとるようになり、各企業の強みや有力な顧客データを得ることができた。
 この体制はM&A時の企業のカスタムにかかる労力コストの削減にも繋がる。これによりM&Aの敷居が下がり、同社は継続的な買収・提携を行うことができた。

 そしてこの体制転換は、ジェット・コムの買収の時に同社のテクノロジーに精通した人物をEC事業のCEOに抜擢したタイミングで行われた。適切な経営陣の刷新もDX推進に必要な要素であると言える。

 数々の企業の買収を経て、長期的・積極的なテクノロジー投資を行える土壌が整ったウォルマートは、バックエンド領域、リアル店舗施策、人材育成等の事業を成功させることとなる。

 ウォルマートが先端テクノロジーを活用したDX施策の詳細については、以下の記事をご覧いただきたい。

ウォルマート社(Walmart)の積極的なデジタルトランスフォーメーション推進(連載 2/2)

最後に 

 アーテリジェンスでは、ウォルマートようなDX施策に関する具体的なコンサルティング業務や、DX組織設計支援、研修業務を行っています。

 具体的な内容に関心のある方はぜひお問い合わせください。


注記:本記事は、弊社インターンスタッフによる論考記事です。社内の参考情報としてお役立てください。記事はケーススタディとして議論の題材とすることを目的としており、弊社の最終的な見解を示すものではありませんことご容赦ください。本記事の無断での転写・転載を禁じています(ツイートは自由です)。

インターンスタッフ 竹内

参考資料

  1. ビジネス+IT, 2020「なぜ、サム・ウォルトンは小売業“断トツ”王者『ウォルマート』を築けたのか」
  2. 金澤一央, 2021,『DX経営図鑑』アルク出版

参照資料

  1. Wikipedia, History of Walmart
  2. 白幡憲之他 訳, 2001「アメリカンドリームの軌跡ー伝説の起業家25人の素顔」英治出版, p.353
  3. Digital Commerce 360, 2017「アマゾンだけで米国EC市場のシェア43%、止まらない成長の理由」
  4. Wikipedia, Doug McMillon
  5. Josh Grant, 2020, 8 brands you don`t know Walmart owned, USA TODAY

図の参照元

  1. Statista, 2021, Market share of leading retail e-commerce companies in the United States as of February
  2. Emily Wilcox, 「サムウォルトンネットワークス」, Celebs-now
  3. Tripadvisor, ウォルマート一号店- The Walmart Museum
  4. 田口冬樹, 2019「流通イノベーション研究:アマゾンの成長過程と競争優位の源泉」『専修ビジネスレビュー』vol. 108, pp. 41-76
    図表3 ウォルマート VS アマゾンの年度別売上高と前年比増加率の比較
  5. Wikipedia, Doug McMillon
  6. 激しくウォルマートなアメリカ小売業ブログ, 2016「【ウォルマート】ジェット買収で過去最大規模!3300億円は起業家ロア氏を雇うため?」